歯周疾患治療の Minor Tooth Movement
要約
Minor tooth movement といわれる歯牙移動処置は、Minorの語義についての術者の認識により適応範囲が決まると思う。
日常臨床では、患者の主訴である病苦の除去、病状の改善に必要な処置として歯牙の移動があるが、歯牙移動自体は患者の主な希望とは認められない処置であろう。
すなわち、患者の主訴・希望と歯牙の移動が治療成績と治療後に対してどのような関わり方をするかについての術者の考え方と、患者の理解とによって実行は決定される。
種々の原因(ほとんどが歯垢の付着停滞)によって歯周組織に炎症を起こすと歯牙は挙上・挺出する。
咬合時早期接触を起こし、なお組織に外傷を与える結果、炎症を悪化させる(図1)。再初診16歳時の主訴、右上4(歯痛)は覆髄処置を行い、歯髄保護のもと、第二象牙質形成を期す。
歯周組織の状態を留意させ、療養指導と定期検診の約束のみ。
再再初診の時にはおおむね良好な状態が保たれ、上下顎のディアステーマは自然に回復消失していることが認められた。I.歯周疾患治療の時期
歯周疾患の進行に伴い、吸収消失した歯槽骨は完全には修復されにくい。すなわち、歯冠歯根比の減少から歯牙に加わる咬合圧、その他の圧力が特に側方にかかった場合、その圧力は倍増され、歯根部支持組織に加わって支持力を超え、破壊的に作用するために、治療中はもちろん治療後の再発に大きくかかわってくる。
正常咀嚼圧が、歯牙の位置異常のために強い側方圧として受けとめられ、病変の進行、悪化に重大に作用し続けることを認めた場合には、その側方圧を正常化してゆくことは、最初に行わなければならない。
そのために歯牙の位置異常を正常な位置に正す移動を計る。
このことは、H.M.ゴールドマンのイニシャル・プレパレーションとして取り扱われるゆえんであって、プラークの処置と共に、最初からこれを正してゆかなければ、その後に続く処置はほとんど無効とまで考えられているほどである。
先に述べた歯周疾患治療の時期についてであるが、歯周疾患を主訴として末院する多くの場合は、恐らくP2の程度が最も早期のものであろう。
またそれ以上に進行した場合も非常に多い現状からみれば、もしもその歯牙が側方圧を強く受ける状態であれば、早急に正しい位置に戻すことから始めなければならない。Ⅱ.歯周疾患による咬合異常の場合には
咬合異常を起こしている1歯2歯の少数歯はわずかながらでも位置異常を起こしているもので、特に多いのは歯軸方向の位置異常、挺出・挙上である。
したがって、この場合隣接接触部に異常を起こしており、近心側あるいは遠心側のどちらかに食片圧入を起こす場合がきわめて多い。
そのため、炎症は増悪され挙上挺出は自覚的にも明らかとなり、咬合圧は歯軸に対し側方圧として作用し、病的位置異常が明らかとなる。
患者自身、違和感から特異な舌圧を与えたり、その他の加圧があれば位置異常はますます著名となる。
このような場合には、原因のプラークの除去を徹底し、食片圧入がある場合は無圧・無刺激に完全に除去し、咬合圧を排除する処置および組織賦活のための適当な刺激を与えることによって,短期間に緩解し常態に回復する(図2)。Ⅲ.暫間固定の適応症
咀嚼圧を避けるために早期接触部位を完全に削去し、またその上に暫間固定がしばしば行われているが、このようにして挙上され、位置異常のまま固定され、早期接触部を削去することは治療後状態に悪影響を及ぼす。
またたとえ治療の良結果を得たとしても、位置異常のまま固定されることは隣接接触部が異常のままであるため、固定装置を除去した後は速やかにこの点が原因となる歯牙移動が始まってくる。
したがって、暫間固定は位置異常の回復(発病前の位置に回復)したことを見きわめて後、なお暫間固定を必要とするものに限って装着しなければならない。この場合には、適正なブラッシングの励行によるプラークコントロールの成功と消炎処置および1〜2昼夜の間、流動食・半流動食によって咬合を休止する(こうして咬合を避けることによって回復力はきわめて早く増進する)。
歯牙の挺出・挙上の症状が自覚されない程度に回復して後、そこで暫間固定を行う。
この揚言、咬合の矯正として早期接触点の削去はできるだけ行うべきではない。削去された場所は、治癒後、咬合関係に間隙を残すことになり、これを満たす人工的な回復を早急に必ず行わなければならない。それも隣接触点の位置が異常になったままなので、必ず接触点まで回復を必要とする。
したがって、早期接触がどのような原因に基づいて自然歯列の中で、突然ある歯に表れてくるかは慎重な配慮と診査を必要とする。Ⅳ.位置異常は必ずしも病理的症状ではない
われわれが外傷性咬合を問題にする場合は、外傷性咬合状態が存続することにより、ますます悪化の原因となる場合である。この中には歯科医師による咬合回復の処置が最も多いことを特に気をつけなければならない。
一般的に歯牙の位置異常(歯列不正)は歯垢の停滞をたやすくする。したがって、正常な場合にくらべ歯周疾患を起こしやすいといえるが、必ず起こすとはいいえない。歯列不正が原因で必ず歯周疾患を引き起こすのであれば、歯列不正をそのままにして治癒したとしても、再発は必至であり、治療と再発を繰り返すならば、治療はほとんど無効といえるし、歯列不正の状態の歯牙の存続はありえないことになる。歯牙の位置異常が必ず歯列疾患を引き起こすということはできない(図3・図4)。
つまり、一般には歯周疾患の直接原因として歯列不正をあげることは間違いで、歯周疾患の素因の一つというべきである。Ⅴ.歯周疾患治療におけるM.T.M.の目的
歯周疾患治療の場合に M.T.M.を行うのは、病的咬合異常を継続させないためであり、歯周疾患発症以前の咬合状態に戻すことである。
いいかえれば、歯牙の位置異常を矯正することによってかえって咬合異常を起こす場合は、むしろその咬合異常のために歯周疾患治療効果はマイナスとなる。
このような場合には、咬合を調整しながら移動を行い、位置異常を元の状態に治す。しかし歯周疾患治療を完了した場合には、調整しただけに咬合のコラップスが残る。
つまり再び充填、インレーその他によって必ず咬合を回復しなければならない。
最終的に永久固定による咬合回復を必要とする場合には,このようなM.T.M.を行う方が有利であるといえる(図5)。しかし、咬合の回復を人工的に永久固定装置等によって行うことの必要でない場合は、まず第1に消炎処置と同時に咬合を禁止するなど、早期接触を避ける方策を講じなければならないが、流動食・半流動食を実施した場合でも、嚥下時や睡眠中等の無意識下の咬合接触は避けることができない。
したがって、これらによってさえ病状の寛解が阻害され、あるいは寛解に比較的長時間を予想される場合は、(可撤性の)ガードによって咬合挙上を計りながら、そのガードの中で咬合異常を認める歯牙だけは回復に必要なスペースを与え、回復を阻害する因子(咀嚼等の咬合力)から守ってゆくことが必要である(図7)。
そしてガードをはずして正常化(早期接触がなくなったこと)を認めた場合に暫間固定に移る。その期間は、多くは1週間程度である。このような異常な咬合関係である場合(ほとんどがこのような場合と考える。すなわち、理想的な歯列と理想的な咬合関係は、現実的には幻想である)、何かの突発的な病理が原因となって、早期接触を起こす。
このような特異な咬合を起こす原因は、たとえばムシ歯による疼痛を避けるため、歯牙欠損によって咬合能力の不調を補うため、あるいは歯周疾患によって位置異常を起こし、その場所での咬合を避けるため等々から起こることに気がつかなければならない。このような突如起こった咬合異常のための早期接触を、削合によって調整することは危険である。すなわち、まずこの異常な咬合を引き起こした原因を除去し、正常な咬合に戻すことが最重要である(図8)。
しかし、このような突然の異常な校合の場合にさえ、外傷性障害を与えることのない咬合範囲を広げるべく咬合調整することは、現状の治療とは別個に患者の理解と同意が必要である。
いわゆる歯列不正、外貌的にも機能的にも不調和であるというような歯牙の位置異常を、歯周疾患治療に先行して行うことは、以上の論理からもまた矯正処置の可能の限界、疾病治療の成績の上からもそれほど必要でなく、また不可能に近く、間違いであるとさえいえる。
結 論
歯周疾患治療を行う場合、歯牙位置異常の矯正は早期接触が治療および再発防止に重大な妨害作用因子として働くと考えられることが第1の理由である。したがってこの処置は重要な処置であり、必ず行われなければならないが、最初から的確な方針のもとに慎重を要すものである。組織の病変炎症の熾烈な時に治療が始まるのが普通であって、その時にさらに歯牙移動の人工刺激を加えることなどは、最も避けなければならないことである。
また、その矯正移動の範囲は発症前の状態に戻すことであり、すでに発症前に歯列が不正である場合、その不正の状態までを正常化しようとすることは、イニシャル・プレパレーションとしての範囲を超えるものといわなければならない。しかしこの目的が再発の防止、健康増進のために非常に重要と認められる場合は、次元の異なる治療処置の範囲として、患者の理解のもとに進められるべきである。
M.T.M.の処置と強く関連し、ほとんど切り離すことのできない処置は咬合調整の処置であって、これもイニシャル・プレパレーションとして重要な処置であるが、M.T.M.とともに最も慎重を要する処置の一つであり、みだりにこれを行うことは重大な危険を招くものであることを最後に注意して結びとしたい。日本歯科評論 November 1976, No.409
図1
再初診16歳時の主訴、右上4(歯痛)は覆髄処置を行い、歯髄保護のもと、第二象牙質形成を期す。
歯周組織の状態を留意させ、療養指導と定期検診の約束のみ。
再再初診の時にはおおむね良好な状態が保たれ、上下顎のディアステーマは自然に回復消失していることが認められた。図2
初診37歳 主訴:多発性膿瘍
上下顎のディアステーマの発現時期は不明。歯周組織の寛解とともに自然消失した。図3
初診32歳 主訴:歯肉膿瘍、歯肉出血
骨吸収が進行して盲嚢が深いが、スケーリング、ブラッシングの療養励行により良好な結果が保たれている。もしも、この疾患の原因が歯列不正であるならば、その不正歯列のままで良好な結果は見られないはずである。図4
初診43歳 主訴:口臭、歯肉部違和感
この症例においても、図3の症例と全く同様なことが認められる。図5
初診63歳 主訴:咀嚼不全
下顎前歯部ブリッジ破損のため、右下3は唇側及び近心に転位。3の位置を修正した(M.T.M.)後、永久固定装置をを装着した。図7
早期接触回復ガード:動揺、早期接触のある歯牙の回復の(歯周組織の消炎による位置の回復)余地を作り、咀嚼・嚥下等々の無意識下の咬合接触から守る。
図8
初診34歳 主訴:咬合不全
初診時 両側臼歯部欠損による咬合不全のため、やや前方位での咀嚼を行い、その結果上顎前歯部の離開が起こった。臼歯部の補綴修復により咬合を回復した。その間、歯周疾患治療に伴い前歯部の離開は自然回復が認められる。M.T.M.処置、咬合調整のための削合は一切行わなかった。総義歯
片山は歯槽膿漏の患者だけ診察してきたように思われていますが、このような無歯顎の症例もあります。
- 辺縁や歯肉の形態を模写するために柔らかいワックスを用い筋群の運動を印記します。これは人工歯配列にも役立ちます。
- 咬合調整の後は、粒子の細かい砂泥で入念に臼磨運動を行わせ、フルバランスにします。
- 唾液の流れおよび年齢の兼ね合いから前歯部隣接部は歯間空隙を付与しました。
- 義歯粘膜面の清潔を保つため、模型と粘膜面の間にフィルムを入れたまま重合を行い、滑沢な面に仕上げます。
暫間固定の意義
かつて片山方式が歯科界に浸透しつつある時期には、保険制度においても、暫間固定の優位性が認められていました。
すなわち、炎症が軽減すれば歯牙は移動するため、適宜暫間固定装置の再製作が可能でした。2014年4月以前では、片顎1回のみ。
今回の改訂では、インターバルの規制がありますが再製作が可能になりました。しかし歯科医学的見地からは不十分なものです。暫間固定は、歯磨きが有効におこなわれ易くするためにも、クオリティ・オブ・ライフの観点からも、歯槽骨再生を促すためにも、さらに最終補綴物の設計・計画の観点からも大切な要素です。
(安定した顎運動 >> 咀嚼機能・栄養補給・フィジオセラピー)
イニシャル・プレパレーション(必須初動準備処置)として疾病原因除去、すなわち歯垢の異常停滞を許さぬ口腔衛生の保持を生涯にわたって患者自身に習慣づけ、その上で暫間、あるいは永久固定装置によって咬合圧を分散し、負担限界内に保つならば、歯槽骨の消退悪化制御・抑制でき、歯肉・歯槽骨の形態も外科的処置によることなく、正常化されていく。
暫間固定装置製作法(1)
直径0.8〜1.0㎜のクラスプ線をローラーで圧延し、楕円にしたもので連続鉤を製作する。
(クラスプ線の代わりにコバルトクローム半円線0.9〜1.0㎜でも可能)
模型の表面にレジン分離剤を塗布し、歯間部を歯科用ステンレス鋼線で結紮する。模型状で、頬側連続鉤と結紮線を即時重合レジンで固定する。
出来上がった暫間固定装置。
口腔内に試適。舌側の連続鉤を結紮。
完成・装着。暫間固定装置製作法(2)
全額にわたる処置 47歳から62歳 男性
Page1
1.〜5. 初診 1972.647歳(男)
6.〜7. 20日後Page2
8.〜10. 28日後
11. 初診
12.13. 2ヶ月後Page3
14.〜19. 8ヶ月後
20. 1年8ヶ月後
21. 8ヶ月後Page4
22. 8ヶ月後
23.〜28. 4ヶ月後
29. 5ヶ月後
30. 9年後Page5
31. 6日後
32.〜42. 6ヶ月後
43.44. 9年後Page6
Page7
45.〜50. K.K.K装置
51.〜54. クラスプとレスト座
55.〜57. 9年後Page8
Page9
58. 初診
59.60. 20日後
61. 23日後
62.63. 28日後Page10
64. 1ヶ月後
65.〜76. 7ヶ月後Page11
Page12
77. 7年後
78. 9年後
79. 10年後
80. 15年後
81.82. 10年後Page13
永久固定法
暫間固定法との関係
歯槽膿漏症と診断されるものでも、動揺がごく軽度のものもあるが、多くは正常の範囲をこえ動揺するものである。その治療にあたり、咬合圧、その他の外圧に対して負担を軽減させ安静を保つことは、まず必要不可欠な事項とされている。負担軽減法として行なわれるものに、咬合調整法と固定法がある。
そして、咬合調整法を行ない確実に負担が軽減され、安静が保たれると判断できるものには、固定法は必要ではない。
咬合調整だけでは安静効果のみられない場合、および咬合調整を行うときにさえ暫間固定が必要な場合は、すべて固定法が必要である。
暫間固定法と他の治療法の総合的効果の結果として、病症が改善され、撤去後、動揺が少なく正常咬合圧が周囲組織に外傷をあたえる心配がなく、その良好な状態が長く持続できる場合は、暫間固定はその本来の任務を果たしたといえる。さらに、暫間固定撤去後に、なお勤揺が残り、永久固定が必要な場合でさえ、撤去するまでの間安静を保ち、咬合咀嚼の回復と主な治療法を可能ならしめ、効果を促進させた治療法としての重要な役割とその効果は、絶対不可欠な方法の一つと言うべきである。
歯界展望:第32巻 第5号 昭和43年11月 より
咬合調整
歯周病が進行していく過程には、必ず歯の移動が起こっています。
最も多い移動は、挺出であり、噛みしめによって沈み込み、揺さぶられる結果となります。このような歯は、固定だけでなく、挺出した分だけの咬合調整が必要になってきます。
もっとも、本筋からいえば、浮き上がった病的変化を鎮め、元に落ち着かせることが大切です。
従って、僅かでも元に戻っていく毎に固定装置を外し、新たに固定し直す「小刻みな暫間固定」のみで切り抜け、咬合調整を避けることもあります。これらの処置により、患者は安心して歯磨きや咀嚼ができるようになります。
この際、歯磨きを始めとする基本的な生活改善は必須です。咬合調整は極力控えますが、必要に応じて行います。
次の症例は、咬合調整を兼ねた歯冠形態修正を施しました。初診より3年後の口腔内写真
初診より、療養法として食生活改善、咀嚼法、呼吸法などの、生活改善指導を厳重に守り、自発的に定期受診を続けている。
初診から13年間、咬合調整は行っていない。上 歯冠形態修正から2ヶ月後の口腔内写真
下 歯冠形態修正から7ヶ月後の口腔内写真14年目に初めて歯冠形態修正を行った。(左上1の捻転と、下顎とのスペースに注目)
上顎前歯の両隣接面、切端などの歯冠形態を修正し、空いた歯間空隙は唇・舌圧などによって、時間をかけて矯正する。
矯正装置などを用いずとも、歯冠形態修正を行うことで歯列のみならず顔貌までも変化した。